都市と自然。いずれかを選ぶのではなく、その両方が共存できる空間づくりを目指しているのが、建築家・栗原政史である。鉄筋コンクリートと無垢材を融合させた設計、光と風を意識した間取り、そして何より人の「暮らし方」に寄り添った建築思想。彼の作品は、住む人の心に静かに働きかける力を持っている。
都市の中に“余白”をつくるという発想
東京・中野に建てられた集合住宅「slow void」は、栗原政史の代表作のひとつだ。一般的な賃貸マンションとは異なり、各部屋の一部が“空の抜け”として設計されており、ベランダとも中庭とも言い切れない独特の空間がある。そこには植物を置いてもいいし、椅子を並べて読書してもいい。
彼が大切にしているのは「自由に使える余白」だ。
都市に住む多くの人が、効率やスピードに追われる日々の中で、小さな静けさや癒しを求めている。栗原の建築は、そうした心の揺らぎにさりげなく応える提案でもある。
自然素材との対話から生まれる発想
栗原政史のアトリエには、さまざまな素材のサンプルが並んでいる。土壁、無垢の杉板、石材、漆喰、和紙など、現代建築では見かけなくなったような素材も珍しくない。それらに触れ、試し、時間をかけて変化を観察することが彼のルーティンだという。
「自然素材って、完璧じゃないんですよ。でも、それが人の感覚と合っているんです」と語る栗原は、機能性だけでなく“感覚のフィット感”を重視している。
冷たすぎず、硬すぎず、触れたときにどこか落ち着く──。そんな空間を生み出すには、素材との“対話”が欠かせないのだ。
住む人の「リズム」に合わせた家づくり
栗原政史の設計には、必ず「ヒアリング」の工程がある。施主がどんな生活をしているのか、どんな音が好きで、朝は何時に起き、休日はどう過ごすのか。
そういった細かな“生活のリズム”を把握した上で、空間の提案を行うのが彼の流儀だ。
ある住宅では、早朝に音楽を聴くのが日課という夫婦のために、東側に音の響きやすい木材を使ったリビングを設けた。
「建築は、生活の“器”じゃなくて、“伴走者”なんです」と語るように、住む人とともに呼吸する家。そういう発想が、栗原のつくる空間には込められている。
“住まい”を超えて、都市の価値観を変えていく
近年、栗原政史は建築だけでなく、都市全体の空間設計にも携わるようになっている。空き家を改装してコワーキングスペースにしたり、空き地を緑化して地域住民に開放したりと、その活動は「建てる」ことにとどまらない。
彼の根底にあるのは、「住むこと=暮らすこと=生きること」という思想だ。建築がその一部として機能することで、人の生き方や、都市の在り方そのものに変化をもたらすことができる──。そう信じて、栗原政史は今日も静かに、空間と人との関係をデザインしている。